SFIJ Researc - Social Finance概論
一般的な金融機関が、これまで取引に消極的であった、あるいは対応できていなかった企業や個人等が存在する。
それらの満たされていない金融ニーズに応じる金融のオルタナティブを、ソーシャルファイナンスと呼ぶ。
財/富の好ましい配分の実現を促進するための金融である。
ソーシャルファイナンスには、従来の主流的な金融機関にみられがちな「弱者に対する排除」を行わないスタイル(消極的スタイル)と、
社会的とされる事業を特に対象として資金の拠出・金融サービスを提供するスタイル(積極的スタイル)がある。
今日、ソーシャルファイナンスのさまざまな実践が世界中でみられる。
具体例として、途上国のみならず先進国での活用が増えつつあるマイクロファイナンスや、
米英のコミュニティ開発金融機関、欧州のソーシャルバンクなどが挙げられる。
ソーシャルファイナンスは、従来の金融機関に取引の対象から排除されてきた主体や、
社会的企業等ソーシャルビジネスの主体に対して資金を供給する事業(社会性)を、
適正なサービスの対価を得つつ持続可能に行い(事業性)、従来金融機関の行動に影響を与え
社会の資金の流れを変えていく(革新性)。すなわち、それ自体が今日世界的に注目されている
「ソーシャル・エンタープライズ(注1)」であるといえる。
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注1:Social Enterprise社会的企業。解決が求められている社会的課題に対して、社会性、事業性、革新性をもって、様々なスタイルで取り組む事業体。詳しくは谷本編著(2006)『ソーシャル・エンタープライズ:社会的業の台頭』中央経済社を参照。
What makes "social finance" different from main-stream
finance?
現実の金融では「ソーシャル(社会的に好ましい)」ではない部分がみられる。
それは、与信(貸付)等の取引をはじめるにあたっての可否判断に先立つ、
取引する相手の選抜における排除(取引を希望する者の一部に対する門前払い)である。
「現在時点と将来時点の間で資金の交換を行う取引(注1)」すなわち将来時点で資金の返戻を得られることを信じ、
資金を融通する与信行為であるという金融取引それ自体の性格に加え、取引コストと情報の非対称性や規模の経済等ゆえに、
効率性を重視するならば、そのような排除行動には不可避な面がある。
排除の対象となるのは、多くの場合、経済社会の主流たる金融機関からみて異質性をもつものである。
異質性に取引規模の小ささという要素が加わると、効率性の見地から、事業主体等が排除を受ける可能性はさらに高まる。(→排除のロジック)
それら排除対象とされてきたものに対して、金融サービスの供給をおこなうことは、市場メカニズムの利用を円滑化し、
同メカニズムでの配分の均衡を進めうる点で好ましいといえる。そこで、それをおこなう金融のオルタナティブを
「ソーシャルファイナンス」と呼ぶ。(→なぜ金融ニーズの充足は望ましいのか)
ソーシャルファイナンスについて「社会的リターンと社会的配当をもたらす金融」とする定義もみられる(注2)。
しかし、「社会的リターン」、「社会的配当」やその定義にみられる「社会資本」についての説明が必要な一方で、
それが必ずしも容易ではないこと、さらにそれらの概念に認知、同意を得られなければソーシャルファイナンスも定義できないなど、
同定義は弱点を含んでいるといえる。
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注1:酒井良清・前多康男(2003)『新しい金融理論』有斐閣p2にみられる「金融」の定義。
注2:TSA Consultancy Ltd (2003)SOCIAL FINANCE IN IRELAND:WHAT IT IS AND WHERE IT'S GOING,WITHRECOMMENDATIONSFOR ITS FUTURE DEVELOPMENT.DublinEmployment Pact,Westmeath Employment Pact, ClannCredo, &Area DevelopmentManagement, p5参照。
金融機関が取引に消極的な部分がある理由 Why exclusion happens? - Mechanism of financial exclusion
資金の出し手は、資金の取り手に関して将来時点での回収の見込みを判断し、金融取引(資金の融通)をおこなう。その判断が与信判断である。
ところが出し手と取り手の間には情報の非対称性が存在するので、その判断にはリスクに加えて具体的なコストが伴うことになる。
ここで出し手と取り手の間に異質性が存在すると、それがない場合と比較し判断に要するコストが大きくなる(注1)。
したがって与信の対象として、異質性を有する取り手は有しない者と比較するとコスト的に劣後することになる。
すると、効率性重視というロジックを出し手が重視する場合、異質性をもつ取り手は与信判断の対象からあらかじめ外されることが起きうる。
ここでいう異質性には、事業主の属性(女性、人種的マイノリティ、貧困層等)や事業の目的(経済的リターンの極大化に反しうる
(と出し手に認識される)社会的リターンの追及)、革新性などがある。出し手側は経済社会のメインストリームにあるのに対し、
メインストリームに属さない者は適格性を有しない可能性が高いというラベリング(異質性のレッテル貼り)をされる。
これに、取引規模の小ささという要素が加わると、規模の多寡と与信判断のコストは比例しない、すなわち取引規模の小ささは
非効率につながるゆえ、事業主体が与信判断以前に排除を受ける可能性はさらに高まる。
このような排除は、決して理論上の可能性にとどまるものではない。現実の現象として社会問題となってきたものもある。
アメリカにおける「レッドライニング」やイギリスにおける「金融排除」の問題は、上述のロジックの延長上で説明できる(注2)。
また、メディア等での取り上げがなく問題の存在すら必ずしも周知となっていないと考えられるが、日本においても、当研究所代表自身、
資金の出し手側で経験をしている(注3)。
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注1:カロミリスらは文化的同一性という語を用い、ローン・オフィサーと融資申込者とでそれが低いと資源の消費が多くなることを述べている。Calomiris,
C. W., C. M. Kahn & S. D. Longhofer (1994) "Housing-Finance Intervention
and Private Incentives: Helping Minorities and the Poor", Journal of Money, Credit and Banking, vol.26, no.3, pp634-674
注2:異質性を有する者が多い特定エリアの居住者をカテゴライズ、ラベリングし、取引の対象からあらかじめ除外。異質性を観測する手順すらも省略節約する行為といえる。
注3:大阪東部での東洋系在日外国人の居住エリアや、「被差別部落」関連への対応。都内城南地区の接収地引揚者居住エリアなど。ただし、それらは口頭のみで伝えられ、文書等は存在していなかった。
Why financial needs should be fulfilled?
金融事業は公益性を有する、とはしばしば聞かれる言葉である。しかし、なぜ公益性を有するのかとの問いかけに対して、
明解な回答を得られる機会はなぜか少ない。金融仲介・与信機能はなぜ社会的に好ましいといえるのか。以下、手短に説明を試みる。
上でも述べたように、金融とは「現在時点と将来時点の間で資金の交換を行う取引」である。すなわち、
それが機能する/与信を受けることで、現在時点では交換に供すべき十分な財をもたない主体が、交換に参加することが可能となる。
金融は交換への参加主体数と交換に供される財の種類と量を増加させ、交換メカニズム(注1)を用いることができる機会を増やし、
交換を促進する機能をもつといえる(注2)。
交換を促進し交換の利用が可能となる局面は増えることで、他の2つのメカニズムである強制再配分と互酬への依存を減らすことが可能になる、
すなわちそれぞれの逆機能(前者は政府の失敗と運営コスト高の恐れ、後者は履行の不確実性などの弱点を有する)の影響を減らしうる。
逆機能ゆえ、交換の強化は望ましい場合があるといえる。
以上は金融の持つ与信機能ゆえに可能となる。そして与信機能は、ある時点で財の余剰を有する者と財の不足している者を仲介する
金融仲介機能、金融機関が与信に供する財の裏付けができることで可能となる。まとめると、金融は、財のより好ましい均衡に
資しうるがゆえに、公益性を有するといえるのである。
さらに踏み込むならば、途上国においてマイクロクレジットをおこなうことは、その国における交換メカニズム利用機会の強化に
なるがゆえに、市場メカニズムを活用するタイプの開発に資するのである(注3)。
ただし、交換メカニズムを全面的に肯定するものではもちろんない。それ自体、逆機能(そもそも問題としている金融における
排除もその一つである)を有することを忘れてはならない。
一方、積極的に好ましい点を指摘するロジックには、被排除者に対する金融サービスの供給は、剥奪されたケイパビリティ(注4)の
付与回復とみるもの、エンパワメント(注5)とみるものなどが挙げられる。
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注1:社会における財の配分のメカニズムには、強制再配分(政府)、交換(市場)、互酬(市民社会)の3つがある。 配分メカニズムの着想元は、ポランニーの事物の移動に注目した三つの統合形態(Polanyi(1977)The Livelihood of Man, Academic Press(玉野井, 栗本訳『人間の経済T』岩波書店, 1980年)第3章)。他、BouldingやPestoff、谷本寛治なども参照。
注2:このあたりについて経済学の領域では、藪下史朗は「取引当事者は両者とも自らの資源配分をより効率的にすることができ、
また経済全体の生産性や厚生を高めることになる」と指摘している。藪下(1995)『金融システムと情報の理論』東京大学出版会、p12
注3:したがって国等が開発を独占する場合には、マイクロクレジットはむしろ好ましくないものとなりうる。さらにいうならば、
日本ではその経済社会発展の来歴ゆえ、マイクロクレジットを導入しても、それが機能しうるかどうか危ぶむ見方も可能ではないか。
注4:センによれば、ケイパビリティ(capabilities潜在能力)とは、個人が自己の主体的意思に基づく選択を外的に妨げられないだけでなく、
実際に達成可能である機能functioningsの集合、を意味する。ある主体が貧困状態にあるかどうかは、その主体が財や資源に対する 権原entitlementをもとにしつつ、いかなる機能を達成することができるかに依拠する。すなわち金融により達成可能な機能の集合を
付与することで、貧困から脱出しうる(可能性がある)といえる。 Sen (1981)Poverty and Famines: An Essay on Entitlement and Deprivation,ClaredonPress (黒崎卓 山崎幸治訳『貧困と飢饉』岩波書店、2000年)
注5:エンパワーメントについては、こちらを参照(当研究所代表が執筆)。
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